【有機水稲栽培③】水稲栽培における石灰・苦土の重要性
(1)有機稲作するなら栄養吸収力の高い白い根をめざす
上図の写真は、穂肥を施用する前に行われた水稲の生育診断時の写真です。①分ケツの数が計画どおりに獲得できているのか? ②葉の色、厚み、幅、長さは適切か?③開帳型に広がり、しっかり受光態勢がとれているか?④根の状態は健全に伸びているのか? といったことを確認し、適切であることを確認した上で、1穂あたりの着留数を増やすために穂肥(10aあたり窒素量で1.5㎏を即効性のあるアミノ酸肥料で施用)を施用します。注目していただきたいのは、根の色と太さです。白色で太く、縮れることなくストレートに伸びています。結論から言うと、イネの根は白く太い方が、ミネラル栄養成分を良く吸収し、収量・品質・美味しさ・病虫害抵抗性を向上させます。

イネの根が赤くなるメカニズムと、白い根になるメカニズムについて解説します。
湛水状態で栽培する水稲で、化学合成窒素肥料を使用する場合は、流亡しやすい硝酸態ではなく、アンモニア態を使用することが多く、アンモニアを硫安(硫酸アンモニウム)で施用することが一般的です。硫安の硫黄は、嫌気性細菌に利用されやすく硫化水素の発生源になります。硫化水素は毒性が高く、水に溶けやすいので、硫化水素の溶け込んだ水を吸収した根の細胞は死んでしまいます。つまり、根痛みの原因となります。これを防ぐために、土壌をやや酸性よりに管理し、鉄イオンが水に溶け出しやすいようにし、硫化水素を鉄と化合させて硫化鉄にして、硫化水素害を軽減する方法がよく使われています。鉄鋼を生産するときに生じる転炉スラグを水稲用土壌改良剤として積極的に施用するのは、硫化水素害の軽減が大きな理由になっています。
稲ワラはストロー状の構造をしており、中は空洞です。この空洞は根の先端まで続いており、イネは葉の中の葉緑体で光合成を行て、ブドウ糖を生産するときの廃棄物である酸素を、このストロー構造を利用して、まるでシュノーケリングをするように、根の先の生長点まで酸素を送っています。根の先まで酸素を送ることができるため、湛水状態の土壌でも生育することが可能なのです。イネは根に先端の生長点に酸素を送りたいのですが、この酸素は根の途中でも漏れ出しており、この酸素と水の溶けた鉄イオンが化合して、根は赤い酸化鉄被膜で覆われてしまいます。
水への鉄イオンの溶け出しは土壌のpHによって大きく変わり、pHが1下がると(酸性になると)、鉄イオンは1000倍も溶けやすくなり、逆にpHが1上がると(アルカリになると)、鉄イオンは1000倍も溶けにくくなります。
酸化鉄被膜は、ミネラル栄養成分の吸収を阻害しますが、水に非常に溶けやすい窒素は、イネが水を吸水するのと一緒によく吸収するため、窒素過多、ミネラル不足を生じさせ、倒伏しやすくななったり、病害虫に遭いやすくなったりします。また、ミネラル吸収が阻害されるため、美味しいお米づくりを目指すときには、大きなマイナス要因となります。
硫安を使用しない有機栽培では、そもそも硫化水素対策の必要もないので、鉄が水の溶けないpH、酸化鉄被膜が形成されないpH=6.5以上で栽培し、白い根にします。白い根は、ミネラル吸収がよく、美味しいお米づくりのための基本です。そしてさまざまなミネラル栄養成分が吸収し易いことで、倒伏防止、病害虫抵抗能力の向上にもつながります。
「稲は中性よりもやや酸性の方がよく育つ」といわれますが、これは化学合成肥料の硫安を使用する前提での解釈と考えられます。石灰(カルシウム)や苦土(マグネシウム)を必要な量だけ、しっかり施用し、土壌をpH=6.5以上にすると、稲の根は白くなり、太くなり、縮れることなくストレートに伸びるようになります。根の到達する深さも深くなり、根量も多くなり、栄養吸収状態が各段に向上し、健康優良なイネになります。

ミネラル栄養成分には、それぞれの役割があります。①カルシウム(石灰)は根の健全育成と伸長に欠かすことができないミネラルです。デンプンの転流にも大きく関わっています。セルロース結晶体同士を固定する仕事をしており、病害虫抵抗力を向上させる力もあります。②マグネシウム(苦土)は、葉緑体の光合成において、太陽光を受け止める緑色の色素クロロフィルの中心構造を担い、二酸化炭素からブドウ糖を生産するルビスコの中心構造も担っています。生命エネルギーを一時的に溜めることができ、エネルギーを運ぶ仕事をしているATPを生産するのに必要不可欠であり、リン酸はマグネシウムが十分に足りている状態でないと吸収しないこともわかっています。マグネシウムは生命活動の要となるミネラルで、180以上の酵素を制御しています。③ケイ酸は、お米にとっては重要なミネラルです。まずモミガラにたくさん含まているため、十分な量が吸収されることで、収量を増やすことにつながります。生育の早いイネは、葉や茎に、ケイ酸でつくられた筋をいれることで、葉や茎を強化し、折れにくくしなやかさを保っています。④ホウ素は、セルロースでつくられている外壁のしなやかさとねばりをつくり、折れにくく倒伏しにくくしています。また、お米のモチモチ感を向上させる働きもあります。⑤塩(塩化ナトリウム)の塩素はセルロースでできている外壁を強化しています。ナトリウムはデンプンの転流に係り、お米の甘味を高めています。
幼穂形成期に入ると、太い根からは、たくさんの細かい細い根=綿根が出ます。お米の収穫部分は種子です。イネは種子を充実させるために、太い根と根の間に綿根を張り巡らせて、土壌中のミネラルを、ごっそり吸収しようとしています。その姿は、イネが綿根によって土壌を食べているといってもよい状況です。
「綿根は中干をして乾かすことによって発生する畑根である」という説がありますが、これは間違いです。酸化鉄被膜で覆われた赤い根から、綿根の発生は少なく、中干をすることで、鉄イオンが溶けた水がなくなります。このため、中干以降に伸びた根には鉄イオンが作用しないため、酸化鉄被膜ができません。よって綿根が出易いのです。
酸化鉄被膜に覆われた赤い根は、綿根の発生が少なく、ミネラル栄養成分の吸収が少なく。白い根からは万遍なく綿根が発生するので、ミネラル栄養成分の吸収が多くなり、生育も品質も収量も良好となります。
(2)植物体内でのカルシウム(石灰)の役割
カルシウム(石灰)はpHを上げるための、単なる土壌改良剤という認識は、今すぐに捨てなければなりません。カルシウム(石灰)は、植物にとっての必須栄養素であり、植物体内の含有量は、炭素、酸素、水素、窒素に次いで5番目に多い多量要素でもあります。上図はカルシウム(石灰)の植物体内での役割についてまとめたものです。
植物体内でカルシウム(石灰)がもっとも多く使われているところは、細胞壁の中です。細胞壁の主成分は、ただただ硬いだけのセルロース結晶体です。このセルロース結晶体同士をつなぎとめているものは、ジェリー状物質であるペクチン酸カルシウムです。上図のようにカルシウムはセルロース結晶体とつながっているペクチン同士を架橋してつなぎとめています。細胞壁が生長する時は、この架橋しているカルシウムを外すことで、簡単にバラバラにすることができます。バラバラにしたところに、新しくセルロースとペクチンを足して、最後にカルシウムで架橋することで、強固な細胞壁に戻ります。
カルシウムの役割として、細胞質や液胞内のpHを一定に保つ役割をしています。細胞質のpH=7.5で、液胞内の㏗=5.5で安定しています。細胞内でつくられるさまざまな酸はカルシウムイオンと結合させて、中和し、液胞内に隔離しています。上図のように、生命活動に必要な水素をシュウ酸から得た場合、シュウ酸は、酸性のシュウ酸イオンとなります。これを中和するのがカルシウムイオンの仕事です。カルシウムが足りず、シュウ酸イオンなどの有機酸を中和できない場合、細胞質はどんどん酸性になっていき、死んでしまいます。よって、カルシウム含有量が細胞の寿命を決めているといってもよいほどです。
細胞壁を破って、細菌やカビの菌糸が細胞質に侵入した場合、液胞内に溜められているカルシウム(石灰)を細胞質に放出し、わずか1~2分で、細胞質のカルシウム濃度は100倍以上に増加します。このカルシウムイオン濃度の上昇によって、病害虫に抵抗するための免疫機能が発現されます。
植物には活性酸素発生タンパク質があり、活性酸素発生タンパク質に活性酸素を発生させるには、カルシウムイオンとリン酸とエネルギーが必要です。活性酸素は、何でも酸化さてしまう猛毒です。活性酸素は、電子がひとつ足りない酸素分子で、周囲のタンパク質やDNAから電子を強引に奪い、壊してしまいます。しかし、一方この電子を奪い壊すという特性を利用して、免疫機能のひとつを担っています。つまり、外部から細胞内に侵入してきた細菌やカビの菌糸、ウイルスなどから電子を奪い殺しているのです。活性酸素は電子がひとつ足りないために、周囲から電子を奪いことが問題です。植物は光合成ができ、ブドウ糖を自給できるので、そのブドウ糖を原料に、ビタミンや抗酸化作用のある物質をつくり、活性酸素を無害化することができます。つまり、ビタミンや抗酸化作用のある物質は、活性酸素に電子を供給し、電子を奪わない普通の酸素分子に戻すことができるのです。
植物は活性酸素を活用して、上図(右)の根毛の伸長、花粉をつくる葯の成熟、花粉管の伸長、種子の登熟、耐病性の発現などを行っています。活性酸素を発生させるタンパク質は10種類ほど発見されており、それぞれ活性酸素を発生する能力が異なり、一番弱いものと、一番強いものでは、活性酸素の生産能力に約100倍の差があります。これは、植物が、必要に応じて、活性酸素の生産能力の違いを利用して、最適な活性酸素量を調整しているためと考えられています。活性酸素自体は、植物の細胞にとっても毒であるため、積極的に活用している植物自体も、丁寧に量を調節しているということです。
活性酸素発生タンパク質が活性酸素を発生させるにはカルシウムイオンが必要であることがわっかっています。
(3)植物体内でのマグネシウムの役割
マグネシウムは植物の乾物体内中に2~3%含まれています。植物体内のマグネシウムの使われ方は、大きく2つに分けられます。構造的役割と機能的役割です。
構造的役割とは、タンパク質でつくられている酵素自体に、マグネシウムが構造の一部として組み込まれているものです。全体の約30%を占めます。機能的役割とは、マグネシウムイオンの状態で、酵素の働きを助けているものです。全体の約70%を占めています。
植物体内で構造的役割として、一番多く使われている部分は、葉緑体内の緑色色素クロロフィルとしてです。マグネシウム全体の15~20%を占めています。核の遺伝情報からタンパク質を合成する器官であるリボソーム粒子の構造維持に5%が使われています。また、葉緑体で二酸化炭素ガスを固定している酵素ルビスコの中心構造もマグネシウムです。
マグネシウムイオンの形で細胞内にあり、酵素の働きを助けるマグネシウムの機能的役割は、多様で多彩です。180種類以上の酵素がマグネシウムイオンの助けを借りて働いています。マグネシウムは2価のイオンで、酸素を制御する能力が高く、特にリン元素に4つの酸素元素が結びついているリン酸を制御するときは、マグネシウムイオンが必ず行っています。生物体内でのリン酸の役割は、生命エネルギーを一時的に貯めて、エネルギーを使う場所へ運ぶことです。アデノシン3リン酸合成酵素によって、アデノシン2リン酸に3つ目のリン酸を高エネルギー結合させたアデノシン3リン酸をつくり、エネルギーを運搬したり、炭水化物やアミノ酸に直接、リン酸を結合させてエネルギーを与えたりする時に、マグネシウムイオンが使われます。
細胞分裂を行う、根を伸ばす、花をつくる、花粉をつくる、種子を太らせるといったときには、エネルギーがたくさん必要です。このような場面では、リン酸がたくさん使われます。しかし、リン酸の吸収には条件があり、それはマグネシウムが十分に吸収できているという条件です。マグネシウムが欠乏している時には、土壌中に十分なリン酸が存在していても、植物は、積極的にリン酸を吸収しません。リン酸の吸収には、マグネシウムが必要不可欠なのです。
上図は、葉緑体の中で光を受け止めて、太陽光をエネルギーに変える太陽光発電パネルのような役割をしている緑色色素のクロロフィルの構造を解説したものです。グルタミン由来の4つの窒素によってマグネシウムが固定されています。
ルビスコの中心構造はマグネシウムが担っています。
上図のようにアデノシン3リン酸は、アデノシン2リン酸に、もうひとつのリン酸が高エネルギー結合しています。3つ目のリン酸は2つ目のリン酸と、マグネシウムによって架橋されています。
上図は解糖系およびミトコンドリアの中でクエン酸回路にて、マグネシウムが使われているところを示したものです。エネルギーの生産の現場では、そのほとんどの場面でマグネシウムが関与しています。
真核生物は、酸素呼吸をするため、DNAの遺伝情報が酸素によって酸化されて壊れないように、DNAは核に内包されていて、核の外へ持ち出す時は、必ずコRNAのコピーされたものを持ち出します。RNAにDNA情報をコピーする酵素の活性には、マグネシウムが必要です。
核の外側には、核の中のDNA情報に基づいて、アミノ酸を繋いで、タンパク質をつくる工場であるリボソームがたくさんあります。リボソームの構造維持のためにはマグネシウムが必須です。
タンパク質はアミノ酸を繋いだ鎖です。2価のマグネシウムイオンは、アミノ酸の鎖を折りたたんでタンパク質にするという役割をしています。よって、タンパク質を合成する時や、細胞分裂を行う時には、マグネシウムイオン濃度が高まります。
グルタチオンは、グルタミン酸とシステインとグリシンといった3つのアミノ酸が合体したトリペプチドです。硫黄基の部分に求核性(電子密度が低い原子、主に炭素に結合しようとする性質)があり、活性酸素・フリーラジカルや毒性のある物質と結合し、無毒化することができます。このグルタチオンの合成には、マグネシウムが必要です。
(4)石灰は江戸時代に安価な肥料として大人気になります
江戸時代には、収量を増やすために肥料の施肥が盛んになります。馬や牛の堆肥、人糞尿を発酵させた下肥、大量にとれる鰯を干した干鰯、醤油粕や酒粕などの発酵食品の搾り粕、菜種油の搾り粕などが肥料として使われました。大きな街道沿いでは履きつぶした草鞋が肥料として使われたりもしました。肥料を入れると収量が向上するのは、経験に基づくもので、科学的な根拠も、メカニズムもわかっていなかったため、肥料はその性能や効果よりも、安価な肥料が人気となりました。入れないよりは入れた方が良いという考えです。そこで江戸時代に流行った水稲用の肥料が、安価で手に入り易い石灰(いしばい)です。つまり消石灰です。
上図は、広重三代による『大日本物産図絵 美濃 石灰焼之図』です。岐阜県の西部の伊吹山地の金生山は、山全体が古生代ペルム紀の赤坂石灰岩です。日本最大の石灰鉱山です。